2010年09月30日

人生の評価

人は生まれた瞬間、
死に向かって歩いております。
若き頃、
有り余る時間の錯覚で、
永遠の時を信じたりする。
生きたい。本能は語る。
死にたい。知性は叫ぶ。
死ぬるも、生きるもいずれも同じ事。
黄泉の国に向かう道は全ての人に繋がっている。
短いか、長いか。
生きた価値は自分自身が決める。

1年前大切な人が亡くなった時の
私のブログで

干武陵の「勧酒」(酒を勧む)井伏鱒二和訳
「この杯を受けてくれ
 どうぞなみなみつがしておくれ
 花に嵐の喩えもあるぞ
 さよならだけが人生だ」
それを寺山修二さんはこう帰している

さよならだけが人生ならば
    また来る春は何だろう
はるかなる地の果てに咲いている
    野の百合は何だろう
さよならだけが人生ならば 
    めぐり会う日は何だろう
やさしい やさしい夕焼けと
    ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば
    建てた我が家 なんだろう
さみしい さみしい平原に
    ともす灯りは何だろう
さよならだけが人生ならば
    人生なんか いりません

人は死に、
残った者は先に行った者を心に残す。
ですから死んだ人と常に心は繋がっているのです。
それは生きている時より
絆深く常に想っている。
それは心安らかに
さよならとは無縁です。

そう、
さよならだけの人生は
さよならだけじゃありません
さようなら
その絆
それは強く、鋭く、奥深く
心の隙間に入り込み
僕の心を覆います
花に嵐の例えもあるぞ
さよならだけが人生だ

さよならの向こうにあったやさしさは
人生よりも重かった
だから人生は面白い
きっとそう思える明るい
あしたがやって来る
それを信じて
僕は生きる

伊豆の空から







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Posted by 伊豆の空 at 19:55│Comments(1)自分
この記事へのコメント
すごくココロに沁みました。

やっとこれからもっともっと親孝行したいと思っていたのに
母を亡くし、まだまだ悲しみは癒えません。
私が母にしてあげたかった、ということより
若かったのでまだまだやりたいことたくさんあっただろうなぁ、
と母のことを思うと、悔しいんですね。

いつかは乗り越えられる、と思っていたときもありましたけど
今は、この悲しみも一緒に生きていくこともありなのかな、と
思います。
そう、常に失った大切な人のとこを思い続けることで
その人との絆はつながっているんですね。

だれもかれもただ楽しいという人はいないと思います。
楽しくしよう、と思うのは、少しでも悲しい、寂しい思いを
少しでもやわらげようという行動なのかなって思います。
私自身、そうなんだと思いますが(笑)
でもいいんです、みんながそれで楽しんでくれれば。
それが私の楽しみです。

駄文失礼いたしました。

そして元気を頂きました。ありがとうございます。
Posted by うるまゆうるまゆ at 2010年10月03日 06:21
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