恵比寿物語 孤独編Ⅰ
孤独は優れた精神の持ち主の運命である。
ショウペンハウエル
恵比寿物語 孤独編Ⅰ
彼はここ恵比寿に来て初めて孤独を知った。
東京の春は伊豆の同じ季節とは思えないほど寒く
孤独は彼の神経をより鋭くとぎすませもしたし、
ひどくもろくもさせた。
それは広い荒野にぽつんと捨てられた
子猫のような誰かを恋慕う気持ちにも似ていた。
彼は恵比寿に来た19の春まで恋人という存在を知らない。
昭和52年(1977年)当時彼の周りで
恋人という存在を得ていた友人はまだいなかった。
31年後の現在(2008年)では考えられないくらい
その伊豆から来た青年たちはうぶであった。
恵比寿に来る3~4年前
かぐや姫の歌った
『神田川』 大信田礼子の歌った
『同棲時代』
東京を舞台にうたわれたその歌詞の言葉に
自分もここに来ればそんなほろ苦い青春が描けると信じていた。
しかしそこにはそのプロセスはまったく含まれていなかった。
恵比寿に来たばかりの彼はまず東京の孤独から知ることとなった。
その後荒波のように来る、
怒涛のような青春を彼はまだ知る由もない。
ただ今はその孤独という存在と向き合うのに精一杯だった。
彼の生きている昭和という年代は熱く、ピュアで泥臭く、
そして今彼を孤独が支配していた。
彼の支配者は、皮肉にも彼を少しずつ成長させていた。
それは母の胎内で胎児が育つのごとく
本当に目に見えぬほど少しずつ・・・・・
彼がいた時代でもここ西口は華やかであった。
しかし渋谷や新宿のような賑わいはなく
現在のように人をここで待つような
待ち合わせ場所には到底ふさわしくなかった。
彼の人生で初めてであった孤独は最初小さく
次第に大きくなっていった。
しかしそれは大きな、
そして新たな青春との出会いの胎動でもあった。
それは、まだ少しさき、
季節の変わる頃の話しとなる。
つづく
伊豆の空から
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